大人に必要なのは社交性や愛嬌、気配り

「勉強しなさない!」

小さい頃から誰もが言われているであろう言葉、なぜこれほどまでに言われる必要があるのか。
でも、大人になってからは言われる確率が低くなっていく。
そして世間では、必要なのは社交性や愛嬌、気配り、コミニュケーション能力、人間力
年齢別に必要な能力の優先順位で考えればその謎が解けるのではないだろうか。

0~5才
生きていく能力
基本的に他人にお世話をされないと生きてはいけません
なにか、必要なことがあれば泣き叫びサインを出す。すると人がかまってくれる。
このコトを考えると人間に承認欲求がなくなる訳ないことがわかる気がします。

6~12才
周りと共存する能力
小学生の時期、今や小学受験なんかもありますが多くの人は公立校です。
足が速いだけでモテたりしますので、勉強に関してはあまり重視されない。
日本では、空気を読む能力が必要になってきたり。

13~18才
勉強する能力
中学校時代から能力で区別するようになります。
いきなり順位付けされたり、小学生時代からするとビックリですね。
さらには高校、大学になると受験というものがあります。
否が応でも、頭の良さで区別され受かった学校で人生に多大なる影響を与えられる。
この時期、勉強しなさいと何度言われることでしょうか。

19才~
人間力、コミュニケーション能力
今まで勉強しなさいと言われてきたのに、ここからは学力よりも他の能力が大きく評価されることになります。
大学などでも先輩から過去問を貰えるとかズルすることでラクをする。これも能力が必要です。
勉強しなさいと言われるのは社交性、気配り、愛嬌など総合的なコミュニケーション能力は勝手に身につくものと思われいるからではないでしょうか。
しかしながら、この軽視されている能力こそ社会に出てから学力よりも必要な比重が高くなってしまうのです。
勉強しなさいという言葉を信じて勉強”だけ”してきた人は、人生のつまずきポイントになってしまいます。

学歴もとても大切です。会社に入る際にも、世間からの目も良き評価基準として見られます。
例えば、東大卒とか聞いただけで、一部の特徴的な印象に引きずられて、全体の評価をしてしまうハロー効果があります。
1回取ってしまえば、永続的にバフがかかるのでコスパはとてもいいです。

大人に必要なのは社交性や愛嬌、気配りこれは確かな真実です。
矛盾が生じてしまうのは必要な時と場合で考え方が違うから。
少しでもいい学歴を持って欲しい。とりあえず万人にあったら良いもの。
コミニュケーション能力は数字で評価できない。
だからこそ、わかりやすく安直な結果を求め勉強しなさいと言い続けるしかない。


「勉強しなさない!」
の中には学力だけではなく、数字では現れない他の能力も勉強しなさいという意味が含まれている。
大人はそんなこと分かっている、当たり前のことだから言わなくていいと勘違いしてしまう。
それが、大人になってからの人生の迷い、葛藤、苦しみを生み出してしまうのではないでしょうか。